酸棗仁湯効いてますか?
不眠症
心療内科を中心に増えている不眠症
近年は一般内科でも睡眠導入剤・抗不安薬の処方を目にする
働き方の多様化・グローバル化によって
夜間勤務が増えたもの一因だが、ストレスは増加の一途…
うつ病との関連も深く根底に抱えている方も多い
酸棗仁湯
漢方手帳を開くと「心身がつかれ弱って眠れないもの」
とある
クリニック等でまず漢方薬を第一選択とするドクターは少ないが不眠症に処方する場合には優先順位が高い
酸棗仁湯:酸棗仁・茯苓・知母・川芎・甘草
たった5味の方剤
比較的スッキリとしていてなんだか気持ちの良い処方です
主薬はもちろんその名を冠している酸棗仁
ナツメという植物にはいろんな働きがあるのだなと感心させられます
【大棗・タイソウ】
クロウメモドキ科ナツメの果実
①補気補脾
脾胃の機能を補う。特に養血作用に優れる。
②養血安神
補気とともに血を補い、心神を安定させる。
と桂枝湯をはじめ沢山の方剤の構成生薬として活躍しています。
甘味がありおやつとして食べるには最適です。
砂糖まみれの現代のおやつは毒だと思ってください。。。
【酸棗仁・サンソウニン】
サネブトナツメの種子
ナツメと同じくクロウメモドキ科の木の実の種です
コチラの実は食べません
①養心安神
心陰を養い肝血を補い、心神を安んじる。
②養陰収汗
陰液を補い汗をとめる。
酸棗仁湯や帰脾湯など不眠に用いられる方剤の構成生薬として活躍しています。
血を補って心神を落ち着かせる働きがあるのでしょうね。
甘麦大棗湯・苓桂甘棗湯もその働きがあるからです。
ここでこの仁という字について考えてみたいと思います
仁を漢辞海でひいてみると
「果実の中のやわらかい部分。たね。さね。」とあります。
儒教の教え五常のひとつでもありますね
仁・礼・信・義・智
特に医家は仁の心をもっていなければならないとされます
仁とはヒトを想う心です
生薬には酸棗仁のほかにも
桃仁・杏仁・柏子仁・麻子仁などがあります
これ等の『仁』は油を多く含んでおりそれが作用して「潤す」働きを発揮します。
酸棗仁・柏子仁は潤して血を補い、桃仁・杏仁や麻子仁は潤して通便させます。
高齢者の便秘に下剤をやるというのは正気を消耗するためやってはいけないこと。
麻子仁のような潤腸作用のある薬物を用いて潤してあげることが大切。
その働きを持たせるためには『砕く』という作業が必要になります。
漢方ではこういった下処理を修治(しゅうち)といいます。
酸棗仁をそのまま用いても養血作用が発揮されないのです。
ひとつ事例をご紹介します
50代男性獣医師 / 168cm 53kg
主訴:不眠(ハルシオンの減量)
既往歴:攣縮性狭心症
服薬歴:ハルシオン0.125mg、ローコール10mg
街の動物病院にて1人で診ている。
眠れないために仕事に影響が出ると困るためハルシオンを長期服用。
外泊時・土曜日の仕事後の仮眠時には必ず服用。
週末など疲労が溜まってくると眠れなくなる。
仕事:AM9-PM7(11:30-15:30休憩) 土曜日AM9-PM3
服薬により入眠良好→4時間後に覚醒
夜間の睡眠はPM11-AM5:30
0.25mg錠やマイスリーも試したことがあった。
0.25mg錠は朝まで残る感じ。マイスリーはトイレが近くなって困った。
狭心症で軽度の左胸圧迫感あるが、動悸(-)のぼせ(-)血圧上昇(-)胸焼け(-)
頭痛が時々起りバファリンで鎮痛。
アルコールは一切飲まない。甘味嗜食。
血糖コントロール良好。TC=250、HDL-Cho=120、LDL-Cho=110、尿酸値=7.2
食欲正常
小便頻数10行以上、夜間1行
大便1日1行
脉弦、舌胖・淡紫色・苔白~黄
「医療用エキス剤の酸棗仁湯を服用した経験があるが
効いているんだか効いていないんだかわからなかった」
と仰いました
ご本人に説明した上で酸棗仁湯をお出ししました。
もちろん煎じ薬です。酸棗仁は砕いています。
1か月後にご連絡をいただいた際に
「4時間で必ず目が覚めていたのが6時間は眠れるようになりました」
「頭痛が起こらなくなりバファリンを飲まなくなりました」
との感想。
ハルシオンの減量はこれからだが休日前からはじめてみるとのこと。
いったいこの酸棗仁湯は何をしたのでしょうか??
主薬(君薬)はもちろん酸棗仁です。
そしてそれを助ける臣薬は川芎だと考えます。
漢方の理論に基づけば養肝血・安心神…酸棗仁
肝血を調養し肝気を疎達…川芎
不眠が生じる原因として脳への血流の不足がありその派生症状として頭痛が生じていた。酸棗仁で血を増し、その血を川芎で脳へ行きわたらせることで心神が安定して睡眠と頭痛の改善に至ったのでしょう。疲労感が改善したともおっしゃいます。
エキス剤が効かないだけで漢方すべてを否定しないでください
酸棗仁がどういう生薬でどういう効果を発揮するのかご存知でしたら、必ずこのように用いて頂きたいと思います。
【出典:金匱要略・血痺虚労病】
「虚労虚煩不得眠、酸棗仁湯主之。」
*虚労虚煩し眠るを得ず。酸棗仁湯之を主る。
【後世】
医方発揮
「主治:虚労虚煩不得眠、心悸盗汗、頭目眩暈、咽乾口燥、脉弦或細数等証。」
*虚労虚煩し眠るを得ず、心悸し、盗汗し、頭目は眩暈し、咽乾き、口燥き、脉弦或は細数などの証。
医宗必読・虚労
「治心腎不交、怔忡恍惚、夜臥不安、精血虚耗、脾胃泄瀉。」
浅田宗伯:勿誤薬室方函口訣
「此の方は心気を和潤して安眠せしむるの策なり。同じ眠を得ざるに三策あり。若し心下肝胆の部分に当りて停飲あり之が為に動悸して眠を得ざるは温胆湯の症なり。若し胃中虚し客気膈を動かして眠を得ざるは甘草瀉心湯の症なり。若し血気虚燥し心火亢りて眠を得ざる者は此の方の主なり。済生の帰脾湯は此の方に胚胎するなり。又千金酸棗仁湯は石膏を伍する者は此の方の症にして余熱ある者に用ゆべし」
大塚敬節:著作集
「健康人なら疲労すればよく眠れる。眠れば翌日は疲労が回復している。ところが疲れるとかえって眠れない人がある。また疲れが度を越すと眠れないことがある。眠れないから余計に疲れる。疲れるからますます眠れない。眠っても夢ばかり見ている。こんな場合に睡眠薬を飲めば眠れる。しかし翌日爽快な気分になれない。頭がボーっとしている。そればかりでなく、その次の夜もまた睡眠薬を飲まぬと眠れない...。筆者はかかる患者に酸棗仁湯を用いて著効を得ている。」
矢数道明:漢方処方解説
「患者は体力が衰え、元気がなく、腹も脉も虚状を呈し、胸中が苦しく、煩えて眠ることができないというものである。」